良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
須磨寺町
良寛紀行文・句碑「須磨紀行・すまてらの・よしやねむ」
新設:2017-05-01
良寛紀行文・句碑「須磨紀行・すまてらの・よしやねむ」
撮影:2014-05-17

良寛紀行文・句碑
「須磨紀行・すまてらの・よしやねむ」

良寛紀行文・句碑は
正覚院本堂前の道の反対側に

大本山須磨寺塔頭
正覚院本堂

案 内
良寛紀行文・句碑「須磨紀行・すまてらの・よしやねむ」は 大本山須磨寺の仁王門・放生池・龍華橋の手前左側にある須磨寺塔頭正覚院が建てたもの
須磨寺境内には 芭蕉や子規など多数の句碑・歌碑・文学碑が建っている

良寛紀行文碑「須磨紀行」は 須磨寺サイト「石碑めぐり」では 句碑「須磨紀行」良寛として2番目に紹介されている

左上写真の右側黒御影は 具体的な顔・手足の無い抽象表現の良寛像で この碑の前に立つと自分の顔が写り それが良寛の姿なのだという
台石の上には 手鞠・鉢の子・それに七人の子供が 丸い石ころで表現されているという

碑面の「須磨紀行」は 少し手が加えられているようだが 良寛の次の2つ句が含まれ
良寛碑「須磨紀行」として 通常扱われるようだ

  すまてらの むかしをとへば 山桜
  よしやねむ すまのうらわの なみまくら

碑 面
すまてらの昔をとへば 山桜 沙門良寛書  <注>筆:良寛(集字)

  すまてらの むかしをとへば 山桜  沙門良寛書
あなたこなたとするうちに 日くれければ 宿をもとむれども
ひとりものに たやすくかすへきにしもあらねは おとしつけて
  よしやねむ すまのうらわの なみまくら
とすさみて つなじき天神のもりを たづねてやどる 里を去る
こと 一丁ばかり 松の林の中にあり
春のよの やみはあやなし 梅のはな いろこそ見えね をり/\は
よるのあらしに さそわれて すみのころもに うつるまで ほんのり
にほふ 石どうろうの火にきらめき うちよするなみのこゑも つね
よりはしづかにきこゆ
板しきのうへに 衣かたしきて しばしまとろむかとすれバ 雲の上
人とおほしきか うすぎぬに こきさしぬきして 紅梅の一枝をもちて
いづこともなくきたりたまふ こよひは花もよし しづかにものが
たりせんとて うちよりぬるに よるのことなれば けはひもさだかに
みえねども ひさしくちぎりし人のごとくにおもひ むかしいま こゝ
ろのくま/\を かたりあかすかとすれば ゆめはさめぬ
ありあけのつきに 浦風の蕭々たるをきくのみ 手を折て うちか
ぞふれば む月廿四日のよにてなんありける (良寛さまの須磨紀行より)

 昭和六十二年三月三日
     大本山須磨寺塔頭正覚院   撰文 谷川敏朗
                   書  加藤僖一
                   制作 速水史朗
                   建立 三浦眞厳

場 所
兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-2-8
  (真言宗須磨寺派)大本山須磨寺塔頭 正覚院境内
    (良寛碑は 正覚院の道路真向いにある)

筆 者
冒頭の俳句「すまてらの」: 良寛(集字)
紀行文 : 加藤僖一

撰 文
谷川敏朗
制作者
速水史朗
建 碑
1987年3月3日
建碑者
大本山須磨寺塔頭正覚院 住職三浦眞厳 副住職三浦眞厳
参 考