良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
能勢妙見山境内
北辰妙見大菩薩
新設:2017-05-01
能勢妙見山 (日蓮宗霊場)北辰妙見大菩薩
撮影:2014-05-16

参道入口

山門(大阪府と兵庫県の県境)

開運殿(本殿)

案 内
良寛は 豊能町吉川の高代寺を訪ねたときに前後して ここ能勢妙見山を訪ねたのではと考えられている
能勢妙見山縁起の項に記す源満仲は 高代寺にとっても重要な人物であった

場 所
大阪府能勢町野間中661
参 考
能勢妙見山
 縁 起
能勢妙見山は 関西随一の日蓮宗霊場で 開運北辰妙見大菩薩(次項参照)を祀っている 天平勝宝年中(750頃)に行基菩薩の開闢をもって その始まりと伝えられている
のち 旧領主能勢家の鼻祖源満仲公(清和天皇の孫経基親王の嫡子)が家鎮として鎮宅霊符神(妙見大菩薩の道教での称)を祀り 能勢家代々に伝えられた

慶長5年(1600)23代頼次光は日蓮宗総本山身延山久遠寺第21世寂照院日乾上人に帰依して法華経信仰を深め これにより家鎮である鎮宅霊符神も日乾上人によって改めて法華経勧請し 妙見大菩薩として当山に祀られ 今日に至っている

現在開運殿に祀られる御本尊は 日乾上人の創案にかかる御自刻のもので 右手に受け太刀 左手に金剛不動の印を結ぶ尊容は 能勢妙見独特のものである

こののち 明和5年(1768)3月16日に 女人禁制が解かれ 安永2年(1773)には内拝が許され 以後 妙見大菩薩の霊験を得ようと京阪の大衆が殺到したという

能勢の妙見詣りを題材にした上方落語「無精の代参」も このような能勢妙見山への庶民の熱烈な信仰を背景として生まれたものという

(能勢妙見山の案内書より)

北辰妙見
  大菩薩
太古より煌々とと北を指し示し輝く北極星
厳しい自然の中に語り継がれたこの星の力が
仏教の教えと融合して 妙見大菩薩になりました
道教では鎮宅霊符神とも称しますが
人に行先きを示すところから開運の神とされ
予見を授け 福を招く 守護をいただき
また 天上界を支配するところから 農耕の神とされ
広くものを見る目をいただくところから 学問の神としても
信仰を集めてきました
さらに「妙見」の字から「霊妙なる容姿」を求めて
俳優あるいは広く芸能を志す人々に 信仰されてきました
現存する浄水堂は稀代の名優とされた 4代目中村歌右衛門の寄進により
幕末明治の政治家勝海舟も 御題目による篤い妙見信仰を持っておりました

(能勢妙見山の案内書より)