良寛さま ゆかり
箕面市薬師堂境内
南北朝時代の宝篋印塔
新設:2017-05-01
更新:2023-02-13

南北朝時代の宝篋印塔
撮影:2014-05-16
石塔群
写真1
宝篋印塔(写真1の左端拡大)
写真2
石仏群
写真3

千里中央駅前から箕面森町地区行バスで下止々呂美南で下車 バス進行方向に3~4分歩くと左側の上に 薬師堂(旧医王山豊楽寺)がある (案内板がないので注意)
  場所:大阪府箕面市下止々呂美329

数段の階段を上ると 左手に写真1のように石塔があり、左端が 南北朝時代(正平7年 1352)の宝篋印塔(写真2) 右端の塔には「大日如来」と刻まれた文字が読み取れる
(宝篋印塔は 光明皇后のためのものと思われるが 確たる資料を持っていない)

写真1の右半分の奥に 写真3の石仏群がある 中央の石仏は三段の多尊石仏
良寛は 勝尾寺を訪ねたときに前後して ここ薬師堂を訪ねたのではと考えられている

Webページ「下止々呂美(しもとどろみ)宝篋印塔」が参考になる

薬師堂と仏像
撮影:2014-05-16
薬師堂外観
写真4
薬師堂の建物は 上掲写真1~3の石塔群と向き合って建っている

光明皇后の命で行基が大伽藍を建立したと伝えられる医王山豊楽寺は 元禄年間(1688~1703)の火災で焼失した

その後 仮堂のまま現在に至るが 道路新設前までは 現在より少し西にあったとのこと 写真5を「左 中央 右」に分け 下段に写真6~8として載せた
石仏群
写真5

右上写真の左部分
写真6

右上写真の中央部分
写真7

右上写真の右部分
写真8
このページのトップへ戻る