良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
住吉町576
良寛歌碑「おもかげの」
新設:2017-05-01
良寛歌碑「おもかげの」
撮影:2011-06-29

良寛歌碑「おもかげの」(右端)
左側石仏は「良寛の古道」にあった
薬師堂の西国33番石仏の一部かも

読 み
 おもかげの 夢に(まみ)ゆる かとすれば
  さながら人の 世にこそありけれ
            
案内板
良寛の歌碑

出雲崎の名主橘屋 山本以南の3男で良寛の弟(ゆう)(ちょう)(1770-1800)は 円明院が橘屋の菩提寺である縁により僧となり 大和国長谷寺で仏学を修め碩学といわれ 後に円明院第10世を継ぎ法燈を守っていたが 寛政12年(1800)正月5日亡くなった

時に 良寛43歳 良寛は宥澄の早世を悲しんで歌を詠んだ

はらからの阿闍梨(あざり)の身まかりし頃に 夢に来て法門のことなど語りて覚めて

 おもかげの夢に見ゆる かとすればさながら人の 世にこそありけれ

(歌の意味)
亡くなった弟の面影が夢の中に現れて 仏法のことなど語り合ったかと思うと夢が覚めてしまった そのはかなさはそのまま この世に生きている人のありさまであることよ
                          出雲崎町

場 所
新潟県三島郡出雲崎町住吉町576 円明院境内
建 碑
平成13年(2001)9月
建碑者
良寛景慕会 出雲崎町 円明院檀中一同敬慕者
参 考
「定本良寛全集」2-0218