良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
南木曽町 1
良寛歌碑「さむしろにころもかたしきぬばたまの」
新設:2017-05-01
更新:2017-05-22
良寛歌碑「さむしろにころもかたしきぬばたまの」

良寛歌碑「さむしろの」

与川の古典庵跡
良寛歌碑は右側樹木の左下

良寛歌碑と案内板(右)

良寛歌碑の案内板

碑 面
 きそち耳て
さむしろ耳ころ毛可多志きぬ者多まの
さよふけ可多能月をみる可毛

読 み
 木曽路にて
さむしろに衣かたしきぬばたまの
さ夜ふけ方の月を見るかも

碑 陰
この碑は ここ古典庵の旧跡が観月の名所(木曽八景の一つ)であることから 良寛さまが詠んだこの地の歌を平成二年度から実施した 中山間地域農村活性化総合整備事業の公園づくりを機に建立したものである
 建設協力者  良寛書所蔵者 中村渓男(逗子市)
   平成七年三月吉日
            南木曽町長 楯 種臣
            与川地区中山間地域活性化協議会
            碑稿書   川口霽亭(名古屋市)

案内板
 木曽路にて
さむしろに 衣かたしき ぬばたまの
  さ夜ふけ方の 月を見るかも
この歌は てまり上人といわれた 良寛が木曽路を通った折 詠まれた
2首のうちのひとつで その時期は 次の3つの場合のいずれかと思われる
1.師の国仙和尚に随って善光寺方面を巡錫した時で 天明4年(1784)
  27歳頃
2.備中玉島にある円通寺での修行を終えて 越後に帰る時で 寛政7年
  (1795)38歳頃
3.飛騨高山の大隆寺の僧宗龍禅師を参訪した時で 良寛20代後半か

場 所
長野県木曽郡南木曽町読書与川 古典庵跡
筆 者
碑面 良寛
碑陰 川口霽亭
建 碑
1995年3月
補 足
写真撮影時期は2016年
参 考
「定本良寛全集」2-0532
「いしぶみ良寛」続-78-160_161