良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
中山 宮地 良寛の古道
敦賀屋花立跡・墓跡
新設:2017-5-01
敦賀屋花立跡・墓跡
撮影:2011-05-17

「敦賀屋と花立」の案内板
右のとおり記されている

「敦賀屋墓所」案内標識
倒れた竹が道を塞ぎ
墓跡を確認できなかった

案内板
(出雲崎町)
 敦賀屋と花立

敦賀屋は慶長19年(1614)越前国敦賀より移住してきた (良寛の父・以南の時代には敦賀屋は町年寄筆頭格になっていた)

文化7年(1810) 由之が家財取上げ 所払いの処分を受けた後 敦賀屋(鳥井氏)が出雲崎町名主となった

敦賀屋の全盛期文化11年(1814)に 名主を引退した鳥井尚寛は 中山村宮田に堂を建立して 堂守りを置き 近くの敦賀屋の墓へ花を供えさせたので ここ宮田地内を花立と呼ぶようになったと伝えられている

鳥井尚寛が 良寛をここへ招いたとき 良寛は返書に「只今は行けない」旨の書簡を書いている

尚 敦賀屋の屋敷跡は現在「芭蕉園」になっている
                         出雲崎町

場 所
新潟県三島郡出雲崎町中山(良寛の古道)
参 考
「定本良寛全集」3-書簡-171