碑 面 阿弥陀経 一巻御拝借被 下度 十月十日 浄玄寺様 良寛 口語訳 「阿弥陀経」1巻 拝借いたしたく存じます 10月10日 浄玄寺様 良寛 案内板 <注>移転後の場所ではなく 移転前の場所に残っている案内板による 浄玄寺良寛書簡碑 浄玄寺(大谷派浄土真宗)は 良寛の末妹 「みか子」が嫁いだ寺である 夫の智現上人は 中蒲原郡覚路津(現・新潟市覚路津)の笠井家に生まれ 浄玄寺の養子となって海岸と号した 学徳の高い人で 文政二年(1819)本山・東本願寺の擬講師を命ぜられ 次いで天保二年(1831)嗣講師に任じられた 「阿弥陀経」に造詣が深く 各地で講義を行っていた 良寛は 無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の「浄土三部経」は既に読んでいたと思われるが 島崎時代 必要があって再度学んだのであろう 良寛の「求めてやまない心」を示す書簡である 出雲崎町 場 所 新潟県三島郡出雲崎町米田136-1 浄玄寺境内 バス停「良寬記念館前」から150mほど出雲崎駅寄(移転前)出雲町羽黒町649 筆 者 良寛 建 碑 平成12年(2000)11月 建碑者 良寛景慕会 出雲崎町 浄玄寺門徒一同 参 考 「定本良寛全集」3-書簡-126 新潟県のサイト「良寛たずね道八十八ヶ所巡り」のうち「4 浄玄寺」