新設:2017-05-01
更新:2023-02-19
撮影:2011-06-29ほか
俳諧伝灯塚(2代目)
- 案内板1
(参道入口)
-
俳諧伝灯塚 妙福寺境内
元禄2年(1689)7月出雲崎に奥の細道の杖をとめて一泊した芭蕉は「荒海や佐渡によこたふ天河」の名句を残した その後 芭蕉門下2世の東華坊は2度までこの地を訪ねた 3世盧元坊もまたここに杖をとどめて感慨にふけった
出雲崎が生んだ俳人近青庵北溟は 宝暦5年(1775)3代にわたる俳人が当地で詠んだ句を刻して俳諧伝灯塚を建てたと伝えられている
新しい石碑は大正年間に再建されたものである
碑文
荒海や佐渡によこたふ天河 芭蕉
雪に波の花やさそううて出雲崎 盧元坊
五月雨の夕日や見せて出雲崎 支考
出雲崎町
- 案内板2
(碑前方)
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越の歴史自然ルート
俳諧伝灯塚
元禄2年(1689)7月出雲崎に奥の細道の杖をとめて 一泊した芭蕉は「荒海や……」の名句を残した
その后 蕉門2世の東華坊(各務支考)は2度までこの地を訪ね 3世盧元坊もまたここに杖をとどめて、感慨にふけった
出雲崎が生んだ俳人近青庵北溟は宝暦5年(1775)3代にわたる俳人が当地で詠んだ句を刻して俳諧伝灯塚を建てたと伝えられている
新しい石碑は大正年間に再建されたものである。
新潟県
出雲崎町
- 場 所
- 新潟県三島郡出雲崎町尼瀬1592(岩船町)妙福寺境内
- 初建碑
- 宝暦5年(1755)
- 初建碑者
- 伝 近青庵北溟
- 再建碑
- 大正1年(1922)3月
- 再建碑者
- 耐雪佐藤吉太郎
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