良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
青島 小出公園
貞心尼歌碑「あるじなき・きてみれば」
新設:2017-05-01
貞心尼歌碑「あるじなき・きて見れば」 
撮影:2013-05-15

貞心尼歌碑
「あるじなき」「きて見れば」



碑 面
碑の右側から縦書で

   故郷萩
あるじなき 宿ともしらで ふる里の
 庭の秋はぎ 今やさくらん
来てみれば 袖ぞぬれける(露けき)ふる里の
  かきねまばらに 咲ける秋はぎ
              貞心尼

  貞心尼歌碑
         靫彦

案 内
魚沼良寛会「魚沼市 良寛さまと貞心尼・関長温 ゆかりの地ガイドブック」から引用

貞心尼は 長岡の奥村五兵衛の娘(ます)として寛政10年(1798)に生まれました 長じて小出嶋村の下町北裏に開業していた漢方医の関長温に嫁ぎ 8年余りの結婚生活を送りました

2人が離別したのち 長温は下町通りの他門(長屋門)と呼ばれる西井口家の借家に移転して 引き続き医業を行ったとみられています
ますは 子に恵まれず 文政5年(文政3年説もある)夏に離別して尼僧の道を選び やがて良寛の弟子となります

良寛が亡くなったのち 貞心尼は良寛の肖像画を依頼するため 小出嶋村の松原雪堂を訪ねたりしました

このように当地との関わりが深かったことから 尼を偲ぶにふさわしい歌を歌集「もしほ草」から選び 文化勲章受章者の安田靫彦画伯から「貞心尼歌碑」の揮毫をいただいて 碑が建立されました

  歌を省略(上掲碑面と同じため)

当歌碑は 昭和38年9月 長温夫妻の縁故者を招いて除幕された

場 所
新潟県魚沼市青島小出公園内
筆 者
貞心尼(歌)
安田靫彦(題字 貞心尼歌碑)

建 碑
昭和38年(1963)9月
参 考
「いしぶみ良寛」正-72-252_255