良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
地蔵堂 願王閣境内
遍澄歌碑「とがまもて」
新設:2017-05-01
遍澄歌碑「とがまもて」
撮影:2011-05-19

遍澄歌碑「とがまもて」

案内板

碑 面
と可ま毛て
 加里者らふ遍き
  飛ともなし
 むくら志今れる
   し起し満の
       三ち
    釈遍澄

読 み
とかまもてかりはらふへきひともなし
むくらしけれるしきしまのみち
              釈遍澄

利鎌(とがま)まもて刈り払うべき人も無し
葎(むぐら)茂れる敷島の道  釈遍澄

案内板
と可ま毛て加里者らふ遍き飛ともなし
むくら志今れるし起し満の三ち  釈遍澄

「利鎌もて刈り払うべき人も無し葎茂れる敷島の道」と読む

歌旨は 雑草が茂っている道を よく切れる鎌で払い切り開ける人はいないのであり 近世末期の動乱を嘆き憂える遍澄の真情が格調高く詠まれている

作者は 三島郡和島村島﨑 早川甚五右衛門の長男として生まれ 年少にして妙徳寺賢深和尚の教えを受け その後 良寛を五合庵に訪れてからは よく法弟として仕え佛道及び芸道に励んだ 文政9年ころ大庄屋富取武左エ門に請われ 以後 願王閣にととまること多年 その間 願王閣の再建に協力し また至誠庵で彼を慕う多くの塾生を指導した
明治9年9月13日 75歳 島﨑で死去

場 所
新潟県燕市地蔵堂本町1-7-5 願王閣境内
筆 者
遍澄
参 考