良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
地蔵堂本町1-7-5
地蔵堂 願王閣
新設:2017-01-10
地蔵堂 願王閣
撮影:2011-05-19

願王閣

願王閣境内入口

案内板
願王閣沿革

分水町指定文化財 願王閣(昭和43年指定)
分水町指定文化財 木像地蔵菩薩坐像(平成2年指定)
新潟県指定文化財 金地著彩群鶴図(昭和42年指定)

縁起によれば 文治3年(1187) 西行法師が当時の「せば村」渡し守甚兵衛に 源頼朝から拝領の黄金地蔵を木造の胎内仏として彫し 堂宇を造って祀ったのが願王閣のはじまりであり 地蔵菩薩の門前町としての地蔵堂町が誕生したという
その後 寛正6年(1465) 宝永元年(1704)と改築修復が行われていた 特に 宝永時は住職可念が20年がかりで2度の災禍にも屈せず 3度目に完成している
現在の堂宇は天保8年(1837)に建て替えられたもので 工費およそ1300両 拝殿 本殿とも総欅造り 瓦屋根(但し 向拝部分は権現造り 柿葺(こけらぶ)きであったが銅板葺きに替えた)大工は棟梁は高田在の曽武川清貞であった
この天保の建て替えを祝って 地蔵堂組大庄屋 富取倉太正敬(9世)と 分家で大庄屋格の富取良助正敏(4世 画号芳斎)の両名で奉納したのが 佐伯岸駒描くところの「金地著彩群鶴図」2面である
岸駒は金沢の出身で後に京に出 朝廷にも仕えて画をよくし その功により朝散大夫 越前守に任ぜられ 岸派をはじめた 群鶴図には朝散大夫の署名があるので 岸駒最晩年の大作である
願王閣本尊の地蔵菩薩は木造 坐像で 像の高さ83.7㎝ 台座の高さ35.3㎝の総檜造りで円頭光背を背にし 九重蓮華座上に結跏趺坐する また像底には江戸時代中期の墨署銘がある

場 所
新潟県燕市地蔵堂本町1-7-5