良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
国上 国上寺西参道
五合庵
新設:2017-05-01
五合庵
撮影:2011-05-18ほか


史跡「良寛修行の地」
奥に五合庵(五合庵境内入口から)


五合庵(屋根葺替後 右下に散った椿)
境内入口側から 撮影:2013-05-15


案内板「五合庵」



五合庵
屋根に草木が生えているが葺替られた



碑「五合庵」
中央「杉」の根元に建っている


案内板
五合庵

良寛が 玉島(岡山県倉敷市)の円通寺できびしい修行を終え さらに各地の名僧をまずねて研さんを重ねたのち 寛政8年(1796)頃から山麓の乙子神社わきの草庵に移り住む迄約20年間 住いしたところである

五合庵の名は 貞享(1684~)の頃 国上寺に身を寄せて 時の住職を助けて国上寺の阿弥陀堂(本堂)等の再建に身命をかけて その功をなしとげた万元上人に この草庵と毎日米5合を給したことから名づけたといわれている

現在の草庵は 大正3年の再建によるもの

蛇 足
「五合庵」という名称の由来について
毎日米5合という量は 現在の度量衡からすると 少なくはないので これを 万元和尚が生きた時代の5合は 現在の1/10であったと 説明されることがある しかし 万元和尚が生きた時代と現在の度量衡に 日本では10倍の差はないようで むしろ 大きく変わってはいないようなので 何か別の趣意があって 万元は「五合庵」と名付けたのではないかと 考えたい

五合庵は 国上寺の小さな末寺(普賢院)を小さくして建てられたともいわれている

参 考
場 所
新潟県燕市国上 国上寺西参道