良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
国上1407 国上寺境内
曽我禅司房
新設:2017-05-01
曽我禅司房
撮影:2011-05-18


案内板「曽我禅司房」

案内板
曽我禅司房

建久4年(1193)5月 将軍源頼朝が富士の裾野で巻狩りの折り 曽我十郎・五郎の兄弟は苦節18年の末 父河津三郎祐康の仇工藤祐經討ち果した

十郎はその場で討死 五郎は捕われて後に斬られた

この兄弟にもう1人の弟禅司房がおり 縁あって16歳のころから国上寺に上り出家 仏道修行に励んでいたが 討たれた祐經の妻子が禅司房を召し出すよう頼朝に訴えた

このため 禅司房は鎌倉へ連れられたが 斬罪になるとの風聞により7月2日 相模の国(神奈川県)甘縄(あまなわ)の地で読経念仏の末自ら命を絶ったといわれる 時に18歳であった


場 所
新潟県燕市国上1407 (真言宗豊山派)雲高山国上寺境内 本堂区域