良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
柏崎市東本町
貞心尼居住 釈迦堂 跡
新設:2017-05-01
貞心尼居住 釈迦堂 跡
撮影:2011-06-28
 
釈迦堂跡

上写真の右部分を撮った写真
左柱に「貞心尼居住釈迦堂跡」
右側の左に良寛歌「ゆめのよに」
右側の右に貞心尼歌「きみにかく」
が刻まれ 良寛貞心尼唱和歌碑となっている















【釈迦堂跡入口に設置の「案内板」に次のとおり記されている】

釈迦堂跡 SHAKA-DOH SITE

釈迦堂は 天保3年(1832)に創建された浄土寺の末庵である この庵は 良寛と親交の深かった貞心尼が住んでいたことで知られる

文政13年(1830) 良寛危篤との知らせを受けた貞心は 献身的な看病をするが 直後の天保2年(1831)正月6日 良寛は帰らぬ人となった

貞心は その後 ここ釈迦堂の庵主となり 晩年は近くにある不求庵(ふぐうあん )市内西本町1丁目で過ごした そして 明治5年(1872)弟子の孝順尼 智譲尼に看取られ 75歳の生涯を閉じた

昭和14年に浄土寺を離れた釈迦堂は 禅宗の庵寺となり 昭和54年11月には 道路拡張のため壊され 現在は その跡を残すのみとなっている

当初 釈迦堂には 貞心が秘蔵していた遍澄作"良寛の画像”があった(柏崎市指定文化財絵画 釈迦堂良寛の画像) この像は 良寛の野遊姿を描いたものであり 良寛像の中 最も良く似ていると言われるが 道路拡張の時に 市内東本町1丁目にある常福寺に移された


【左下写真の「良寛貞心尼唱和歌碑」として 次の歌が刻まれている】
  ただし ( )内の文字は刻まれていない

(貞心)
  (はじめてあひ見奉りて)
  君にかく あひ見ることの うれしさも まだ覚めやらぬ 夢かとぞ思う
(良寛)
  (御かへし)
  夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに

<注>
左側の良寛の歌部分の文字は「蓮の露」の貞心尼直筆とは異なるようで良寛直筆文字を集字のうえ配置したものと思われる 

建 立
昭和57(1982)10月
場 所
柏崎市東本町1-16-20

参 考
「定本良寛全集」2-(5) 2-0487