良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
照明寺境内
照明寺参道・本堂
新設:2017-05-01
照明寺参道・本堂
撮影:2011-05-18
国道402号の山側旧道に面した参道入口
手前は庫裡で 本堂は奥に
本堂

上写真の参道を進むと 道を横切って
参道がさらに続く


案内板 
照明寺と密蔵院

照明寺は真言宗智山派の名刹である この寺の境内に良寛が生涯3度(45歳・70歳・72歳)にわたって居住した密蔵院がある 良寛はここで托鉢・掃除・詠歌など悠々自適な生活を送ったといわれる

密蔵院は 天保12年(1840)に焼失 築庭の大家であり宗徧流の宗匠である田中泰阿弥先生の設計指導に依る京間造りの茶室を兼ねた持仏堂は 昭和33年に再建されたものである
                  (新潟県・長岡市)

補 足
渡辺秀英著「いしぶみ良寛 正編(復刻版)」に次のとおり記されている

照明寺の開基は永承2年(1047)紀伊国高野山竜光院の栄秀が弘法大師作の聖観音をもち来たって小庵を結び 聖観音を安置して照明寺をはじめたという 裏山に栄秀塚がその歴史を物語っている

万治元年(1658)智積院の宥範 が寺を修理し その縁で天和2年(1682)智積院の末寺となった

古くは境内に 養蔵院 地蔵院 延命院 正覚院 千手院 密蔵院の6ヶ寺があり さらに山続きに胎蔵院 山下に万覚院 境内の外に薬師堂 瑠璃光薬師 京連坊 不動明王などがあった 天保12年の火災にて焼失 照明寺は早く復興されたが 密蔵院は昭和33年ようやく復興された

場 所
新潟県長岡市寺泊片町2408 (真言宗智山派)如意山照明寺境内
参 考
「いしぶみ良寛」正-22-P090_097