良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
与板 橘以南誕生之地
以南句碑「あさぎりに」
新設:2017-05-01
以南句碑「あさぎりに」
撮影:2011-05-20

以南句碑「あさぎりに」

案内板「句碑の趣意」


碑 面
      以南書
朝霧に
  一段飛具之
    合歓の花

  割元新木家跡
  橘以南誕生之地
      青楓書

案内板
句碑の趣意

聖僧良寛の父橘以南は 与板の割元新木家9代与五右衛門の次男として 今を去る220年餘り元文元年生を享け19才出雲崎名門橘屋こと山本新左衛門へ婿入し 名主役を嗣く 良寛はその子なり

以南は 若年伊織と稱し 如翠と號し 薙髪してより以南と俳號す 夙に敬神崇祖の念篤く 皇室式微を憂い 天眞録の著述をなし 幕府の忌諱に觸れ素志を貫徹する能はす 慷慨の果て遂に洛西の桂川に身を投するところなり

彼が名主たりし頃 京屋との確執に破れ憂悶の裡に 俳風の風雅のお道に深きこと洵に感慨に堪えさるところなり その清新典型たる俳風は雄大なる星座の北斗星として光彩を放つものなり 今茲に建てある誕生地の新木家跡

 朝霧の 一段飛具之 合歓の花

の元本は 良寛遷化の地島崎木村家襲蔵さるゝところのものなり 往時を偲ぶ聊か以て誌す
この記は 雲浦の耐雪翁名著良寛の父以南による
                          呆花

補 足
上の「句碑の趣意」を識した「呆花」は 建碑者である高橋卯一の号
割元新木家跡地は 高橋卯一が私財を投じて買取り整備したという
案内板の下方と左側では 記された文字が一部消えたり 判読し難い箇所があり 上掲の文に誤りがある可能性があるので ご教示いただければ 訂正します

場 所
新潟県長岡市与板町与板211-2 割元新木家跡(橘以南誕生之地) 
筆 者
[俳句] 橘以南
[識語] 津田青楓
建 碑
昭和28年(1953)
建碑者
高橋卯一
参 考
「いしぶみ良寛」正-55-196_199