良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
与板乙6025 徳昌寺境内
良寛詩歌碑(漢詩 和歌)
新設:2017-05-01
良寛詩歌碑(漢詩 和歌)
撮影:2011-05-20

良寛詩歌碑と案内板

良寛詩歌碑

案内板

碑 面
恭聴於香積精舎行 無縁供養遥有此作
 此有文政十一戊 子冬十一月十二日地振後

香積山中有佛事 預選良晨建刹竿
受風寳鐸丁東鳴 交文幢幡参差懸
梵音哀雅鉦磬起 古殿窈窕栴檀熏
僧侶森々霜雪潔 往来綿々群蟻牽
靉靆法雲覆瓦甍 繽紛雨華飜山川
賛歎聲融連底氷 歎喜心回艶陽天
昨夜有人与板帰 只道今日結良縁
借問法會主是誰 都此供養(辨)侯門
吾聞是語仍歎息 誠哉當時愷悌君
淨辨供養請僧衆 今日好日好因縁
無礙法力渡苦界 多少亡霊生諸天

毛々難可乃伊佐々牟羅当氣夷散々面能
韋佐々閑能己数美都久幾能阿東

       沙門良寛恭書

読下し
恭しく 香積精舎に於て無縁供養を行ふと聴き 遥かに此の作有り
 これは文政11戊子冬 11月12日地振(震)後にあり

香積山中仏事あり 預め良晨を選びて刹竿を建つ
風を受けて寳鐸丁東として鳴り 交文の幢幡 参差として懸る
梵音哀雅 鉦磬起り 古殿窈窕として栴檀熏ず
僧侶森々として霜雪潔く 往来綿々として群蟻牽く
靉靆たる法雲 瓦甍を覆ひ 繽紛たる雨華 山川に飜る
賛歎の声は融りて底氷に連り 歎喜の心は回す艶陽の天
昨夜人あり与板より帰る 只道ふ 今日良縁を結ぶと
借問す 法会の主は是れ誰ぞと 此の供養侯門より(弁ず)と
吾 是の語を聞き仍りて歎息す 誠なる哉 当時愷悌の君
淨く供養を弁じて僧衆に請ふ 今日好日 好因縁
無礙の法力は苦界を渡し 多少の亡霊諸天に生ぜん

ももなかの いささむらたけ いささめの
いささかのこす みづくきのあと
                   沙門良寛恭書

案内板
文政11年11月12日 突如として三条を中心とする大地震が起こった
この時の被害は 死者1600余人 傷者2500余人と伝えられ 希有の大惨事であった
良寛さまの草庵は無事であったが 友情にあつい良寛さまは 各地の友人知己にそれぞれ見舞状を出されて慰めたり励ましたりされた
もっとも親しい友人 与板の山田杜皐にあてた書簡の末尾には
 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
 死ぬ時節には死ぬがよく候。是ハ災難をのがるゝ妙法にて候
との有名な言葉が書き添えられている
徳昌寺では翌文政12年春 地震の犠牲となった無縁佛を供養するために大法要を厳修したが 良寛さまはその盛大であったこと 又 その費用が全部与板藩主井伊侯の寄進によったものであることを聞き 非常に感激してこの詩と歌を作られたものである
  昭和27年7月1日
                      香積山 徳昌寺

場 所
新潟県長岡市与板町与板乙6025 (曹洞宗)香積山徳昌寺境内
筆 者
良寛
建 碑
昭和27年(1952)7月(徳昌寺住職大機和尚100回忌記念として)
建碑者
与板町有志
参 考
「定本良寛全集」1-648 2-1315
「いしぶみ良寛」正-56-200_203