良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
長町 河井継之助邸跡
良寛詩「托鉢来此地」 訪聴松庵
新設:2017-05-01
良寛詩「托鉢来此地」訪聴松庵
撮影:2013-05-15

碑「史蹟 河井継之助邸趾」

河井継之助記念館
(河井継之助邸趾)

良寛詩
安藤英男著「河井継之助の生涯」昭和62年6月15日 人物往来社刊に 次のとおり 記されている

継之助の父・代右衛門は 諱を秋紀(あきのり)と称し (中略) その庵号を聴松(ちょうしょう)庵とも 虎白(こはく)庵とも 一日(いちにち)庵ともいった 有名な越後の傑僧・良寛とも親しく交わったらしい 良寛が長岡の河井家を訪れて作った詩に 次のようなものがある

 訪聴松庵
托鉢來此地  托鉢して この地に来る
冷秋八月秋  冷秋 八月の秋 
地寒荷葉枯  地寒くして 荷葉枯れ
天高蟬聲收  天高くして 蟬声収まる
我性無所嗜  我が性 嗜む所なく
起座思悠悠  起座 思い悠々たり
時自探書帙  時に 自ら 書帙を探れば
萬目都牀頭  万目 すべて牀頭

上は 河井家に残っている良寛の揮毫から取ったが 東郷豊治編「良寛詩集」などでは 字句が少し入れかわっている 良寛が他に揮毫したさい 改訂を加えたのであろう

なお この詩によれば 良寛が河井家に上がりこんで 気の向くままに書物を探り出して読んだとあるから よほど親しいあいだであったのであろう 良寛が病没したのは天保2年(1831)であるから 継之助が5歳のときである 童心にかえった良寛が 継之助の遊び相手になったことがあったかも知れない

補 足
河井継之助は 良寛の修行地・玉島にも足跡を残し 「河井継之助船宿」として観光スポットとなっている

場 所
新潟県長岡市長町1-甲1675-1 河井継之助邸趾
参 考
「定本良寛全集」*1-554