良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
仁箇2158 萬福寺境内
良寛遺墨碑「いろは 一二三」
新設:2017-05-01
良寛遺墨碑「いろは 一二三」
撮影:2012-05-16

良寛遺墨碑「いろは 一二三」
右 「いろは」 左「一二三」

右 良寛遺墨碑「いろは 一二三」
左 案内碑「良寛和尚遺墨碑」


碑 面
いろは
 沙門良寛書

一二三
  釈良寛書

案内碑
良寛遺墨碑「いろは 一二三」の建立趣意は 当双幅碑の左に並んで建っている「良寛和尚遺墨碑」に 次のとおり刻されている

良寛和尚遺墨碑

   松の尾の 葉ひろのつはき 椿見に
     いつか行かなむ そのつはきみに

良寛は 文雅人の多かった松野尾を愛し 来村されては詩歌を詠まれた 当家で所蔵する「いろは」「一二三」の双幅は 家人の所望により揮毫され 逸話とともに伝えられてきた遺墨で 良寛の人柄と高い芸術性を表知した 越後の至宝の一つで 現在 巻町文化財に指定されている 良寛は 世俗を捨て 玉島の国仙禅師会下で曹洞禅を体得し 帰郷後は 一沙門として一衣一鉢の草庵生活に撤し 詩歌と書を通じ 珠玉の如き芸術と自然の悟境より 人間教化の指針を残された

良寛が玉島修行後 師として教えを乞うた大而宗竜は 万福寺九世悦巌の高弟四竜の一人である 良寛は ある日 苦心の末宗竜禅師に謁見し 漸やく 自由相見を許され 禅師によって深く道奥を究めたと 晩年自ら語っている 此のことから 良寛と当家の菩提処である万福寺との縁由を察知できる

本年良寛歿後百五十年を卜し 此の浄域に双幅を原寸大で建碑して 後世に是れを伝え 良寛の深遠なる徳を称えると共に 私たちのともしびとして永く敬慕し顕彰するものである

 維時 昭和五十五年盛夏 松野尾 山賀五平 当主貞信 撰文
             万福寺 二十七世 現住泰舟 敬書
                 石 工  赤川重勝

場 所
新潟県西蒲区仁箇2158 (曹洞宗)普門山萬福寺境内
撰 文
松野尾 山賀五平 当主貞信
筆 者
 本碑 : 良寛
案内碑 : 題額 永平寺 秦慧玉
      本文 万福寺27世 現住泰舟

建 碑
昭和55年(1980)夏
建碑者
萬福寺27世服部泰舟
参 考
「定本良寛全集」2-0996
「いしぶみ良寛」続-11-026_027