良寛長歌「月の兎」に因みウサギの右向き画像
ロゴ 良寛さまのゆかり
良寛長歌「月の兎」に因みウサギの左向き画像
下宮地 廣見寺境内
大般若石経蔵
新設:2017-05-01
大般若石経蔵
撮影:2012-06-25
大般若石経蔵(柵の奥)
右標柱の刻印は「史蹟廣見寺石経蔵」
大般若石経蔵
埼玉県指定史跡
石柱「大般若石経蔵」
石経蔵入口の真上高所にある

【廣見寺境内に 大般若石経蔵が完成し 石経石が納められるまでの経緯】

明和3年(1766)新潟県観音庵主の宗龍禅師が 龍田寺(上州寺山村)の第10回授戒会で 30有余年 心に秘めていた「大般若経石経書写」の大願を決意し 発表した

明和4年(1767)春2月 宗龍禅師は大通院(武州日野澤村 皆野町)の第11回受戒会を終えて 秩父34ヶ所観音霊場を巡拜し この大願を願ったところ 巡拜途中 荒川の河原に白い平石が沢山あるのを見つけ この石に墨書するのが好いと考え 近くに岩を穿って 奉納しようと心に決めた

宗龍禅師は 奉納に適した場所を求めて捜しているとき 偶然 廣見寺に到り 当時の廣見寺18世大量英器和尚に協力を求めたところ 英器和尚は宗龍禅師の志に心を動かされ 石経蔵を造る約束をした

明和5年(1968)10月 宗龍禅師は廣見寺で 第13回授戒会(参加者229名)を行い 「大般若石経書写願文並序と同定規」を撰し 準備を整えた

明和6年(1769)6月から 石工8人で1年をかけて 難工事の末 石室を開削した
明和7年(1770)5月7日から100日間 90人の僧侶と有縁の信徒によって 大般若経の書写が行われ 約5,000個の石経石が石室に納められた