良寛さま ゆかり
国上5866-1 道の駅「国上」
酒吞童子神社
新設:2017-05-01
更新:2023-03-01
撮影:2013-05-15
酒吞童子神社(国上寺東参道登口)


酒吞童子神社

案内板「縁結びの願い書」
(酒吞童子神社建立趣意)


案内板「酒吞童子伝説」

案内板1
縁結びの願い書 (酒吞童子神社建立趣意)

酒呑童子は この分水町に生まれ育ちました。外道丸と呼ばれて国上寺に稚子として上がりました 生来美男子であった外道丸は 近所の娘達から恋文をたくさん貰いますが 開きもせずに葛(つずら)の中に入れてしまいます

ある日 外道丸に恋焦がれて娘さんが死んだことを知らされた外道丸は 葛の中の恋文を取り出します すると 一瞬のうちに炎となって外道丸の顔を焼き 顔は鬼のようになってしまいます もし 外道丸が娘さんの恋文を読んでいたら 娘さんは死なずにすんだでしょうし 外道丸も鬼のような顔にならなかったでしょう

このような伝説がある中で 酒呑童子の御霊から 異業種交流会に対して「外道丸の頃に受けた娘さんたちの熱い想いを いま昇華させて 若いカップル達の幸せのために尽くしたい」という思召がありました そこで当会では この神社を建立し 縁結びの神として酒呑童子をまつることにしました

この文箱は 皆さんの熱き想いを 酒呑童子之神を通じて 相手方に伝えてもらいたいと思い設置しました どうぞ想いのある方は手紙にしたためて この文箱のお入れください 必ずその想いが相手に通じることと思います

分水町異業種交流会  


案内板2
(しゅ)(てん)(どう)()伝説(でんせつ)

むかし 桓武天皇の第5子 桃園親王(ももぞのしんのう)が越後に来り お供をしてきた否瀬善次年綱(いなせよしつぐとしつな)という人が砂子塚に住み 城を築いた そして数代後の俊兼(としかね)の時 子供に恵まれなかったため 信州戸隠山の九頭竜権現(くずりゅうごんげん)に祈願したところ 妻が身ごもり16ヶ月目に男児が生まれ 外道丸(げどうまる)と名付けられた

大きくなるに従い乱暴者になり 8歳のとき和納(わのう)の楞厳寺(りょうごんじ)にあずけられたが 乱暴は止まらず こんどは分水町の国上寺へあずけられた

その後 乱暴を心配した母親が亡くなったと聞いた外道丸は ひたすら修行に励むようになった 外道丸はまれに見る美男子だったため 近住近郷の娘たちからの恋文が山のようにたまったが 目もくれず心から仏を礼拝する毎日だった ある日返事の来ないことを悲観した一人の娘が淵に身を投じてしまった

これを聞いた外道丸は 恋文の詰まったつづらを開けたとたん紫の煙が立ち昇り外道丸は気を失ってしまう しばらくして 自分の顔の異変に気付き 鏡の井戸に顔をうつして見ると 悪鬼の形相に変わっていたという

仏道修行を捨てた外道丸は 国上山の中ほどにある断崖穴(だんがあな)にこもり 数々の悪行をはたらき里人を悩ませた そして幾日か過ぎ古志郡(こしぐん) 軽井沢の茨木(いばらき)童子を従え そのほか多くの無頼の徒を集め 頸城郡賀風ヶ嶽(くびきごおりがふがたけ)・信州戸隠を経て ついに丹波の大江山におもむき 千丈嶽にこもったという

場 所
新潟県燕市国上5866−1 道の駅「国上」左脇奥
(国上寺東参道登口)
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